♪ 慰安旅行 慶野松原&ミツ精機㈱&巨大観音像&絵島 編 ♪ [淡路島]
GWもおしまいです
遊びに出かけたり、ガーデニングをしたり、普段は見て見ぬふりしていた場所を片付けたり
と、結構盛りだくさんの7日間で、気が付けばあれ~もう終わり(>_<)
さて、まだ続いております淡路島・・・(^_-)-☆
タクシーの運転手さんが色々と淡路島で見どころ満載なところに連れていってくれました
これといった情報も持たない私たち(一人ならば行きたいところはあったんですが)
さて、まだ続いております淡路島・・・(^_-)-☆
タクシーの運転手さんが色々と淡路島で見どころ満載なところに連れていってくれました
これといった情報も持たない私たち(一人ならば行きたいところはあったんですが)
丁寧に解説をしながらの観光です
今回、はしょって盛りだくさんアップします\(^o^)/
慶野松原
古くは柿本人麻呂らにより「万葉集」に詠まれた風光明媚で知られた景勝地
約5万本の淡路黒松が生い茂り、白い砂浜が約2.5キロに延びる瀬戸内海でも
特産の淡路瓦を用いたモニュメントが置かれています
松林も白い砂浜も写真がないので
ミツ精機㈱
ニット編機、航空機、人工衛星等の部品を製作している会社です
こちらに自衛隊航空機が敷地内に展示してあり、道から見ることが出来ます
NASAにも部品を出荷していて、世界から認められている精機工場なのです
荒れ果てた状態で放置されています
台風で外壁の一部が崩落し、倒壊の危険性も指摘されながらも法的な権利も
台風で外壁の一部が崩落し、倒壊の危険性も指摘されながらも法的な権利も
コンクリート製で、高さは5階建ての台座部分を含めると、大阪の通天閣に匹敵する
約100メートル、周辺には関連施設として山門や高さ約40メートルの「十重の塔」などが建つ
淡路島出身で大阪市内で不動産会社を経営していた男性が昭和57年に観光施設として
淡路島出身で大阪市内で不動産会社を経営していた男性が昭和57年に観光施設として
建設したそうです
内部は展望台を備え、絵画や車など自身のコレクションを展示していた
内部は展望台を備え、絵画や車など自身のコレクションを展示していた
しかし、男性は63年に亡くなり、施設は妻が相続。その妻も平成18年に死亡し
後に残った遺族は相続を放棄したため閉鎖となった
買い取りを申し出た人もいたが、荒廃した内部を見てキャンセルしたそうです
買い取りを申し出た人もいたが、荒廃した内部を見てキャンセルしたそうです
兎に角、手を加えるのも、解体するにも巨額なお金を必要とするため
完全に放置状態
タクシーの運転手さんが力説してくれまして、興味津々で巨大観音像を下から見上げました
淡路島で絶対に行きたかったところです
タクシーに乗った時点で運転手さんにお願いしてありました
岩屋漁港にある「絵島」は、別名「おのころ島」と呼ばれています
そうそう、ここに来る前「おのころ神社」に参拝してきたところも「おのころ島」と呼ばれていました
古事記、日本書紀にの国生み神話に登場する「おのころ島」伝説が伝わる場所は
昔から月見の名称としても名高く「平家物語」の「月見の巻」にも登場しているそうです
続きます
続きます